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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)2145号 判決

債権者 楊文魁

債務者 ピジヨン哺乳器工業株式会社 外一名

主文

一、債権者が、債務者ピジヨン哺乳器工業株式会社のため金百万円の保証を立てることを条件として、次のように定める。

(一)  債務者ピジヨン哺乳器工業株式会社は、別紙〈省略〉目録第一及び第二表示の哺乳瓶を製作、販売または拡布してはならない。

(二)  同債務者の右哺乳瓶の乳首(瓶体及び取着輪を含まない。)に対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。

二、債権者が、債務者柳瀬ワイチ株式会社のため、金百万円の保証を立てることを条件として、次のように定める。

(一)  債務者柳瀬ワイチ株式会社は、別紙目録第三表示の哺乳瓶を製作、販売または拡布してはならない。

(二)  同債務者の右哺乳瓶の乳首(瓶体及び取着輪を含まない。)に対する占有を解いて、債権者の委任する大阪地方裁判所執行吏に保管を命ずる。

三、訴訟費用は、債務者等の負担とする。

事実

第一、債権者の主張

(申立)

債権者訴訟代理人は、

「一、(一) 債務者ピジヨン哺乳器工業株式会社は、別紙目録第一及び第二表示の物品(乳首並びに哺乳瓶)を製作、販売、または拡布してはならない。

(二) 右債務者の右物品(乳首並びに哺乳瓶)に対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に保管を命ずる。

二、(一) 債務者柳瀬ワイチ株式会社は、別紙目録第三表示の物品(乳首並びに哺乳瓶)を製作、使用、販売または拡布してはならない。

(二) 右債務者の右物品(乳首並びに哺乳瓶)及び右物品製作に専用の金型に対する占有を解いて、債権者の委任する大阪地方裁判所執行吏に保管を命ずる。」

旨の判決を求め、その理由として、次のように述べた。

(理由)

(債権者は実用新案権者である。)

一、債権者は、昭和二十五年十二月二日実用新案登録出願、昭和二十七年四月二十八日右出願公告、同年七月三十日登録にかかる実用新案登録第三九四九七八号「哺乳瓶」の登録権利者である。

(本件実用新案の権利範囲)

二、しかして、右実用新案の登録請求の範囲は、「ゴム製乳首の下部に形成した円形座板の下面に、数個の隆条突起を設け、右円形座板を瓶体の口部端縁に載せるとともに、突縁を具えた取着輪を瓶体の口部外側に設けたねじにねじはめ、このねじはめ部を通して空気が流通できるようにし、更に、取着輪の突縁によつて、乳首の円形座板を瓶体の口部端縁に圧着して成る哺乳瓶の構造」であり、これが右実用新案の権利範囲である。

(債務者等の権利侵害)

三、債務者ピジヨン哺乳器工業株式会社(以下債務者ピジヨンという。)は、昭和三十一年二月末頃から別紙目録第一及び第二掲記の構造をもつ哺乳瓶を、債務者柳瀬ワイチ株式会社(以下に債務者柳瀬という。)は、同年四月頃から別紙目録第三掲記の構造をもつ哺乳瓶を、それぞれ、製作販売している。しかして、右哺乳瓶(乳首を含む。)の構造は、いずれも本件実用新案にかかる哺乳瓶(乳首を含む)の構造と単に設計上の微差があるにすぎないし、作用効果も全く一致しているから、債務者等の製作販売する右哺乳瓶は、いずれも債権者の本件実用新案にかかる哺乳瓶と類似し、その製作販売及び拡布などが、右実用新案権の侵害となることは明白である。

(保全の必要)

四、しかして、債権者は、哺乳瓶の製作販売を唯一の職業とし、これがその生活の基礎であり、しかも、終戦以来専心哺乳瓶の改良研究に没頭して来たため、数百万円にのぼる借財を負い、一部債権者からはすでに強制執行を受けている有様である。債権者は、昭和三十一年三月頃から、みずから本件実用新案にかかる哺乳瓶を「マミー哺乳瓶」という商品名で製作販売しているが、債務者等が、昭和三十年一月頃から現在に至る長期間にわたり、本件実用新案と同一又は類似の構造をもつ商品を債権者に無断で製作販売し、すでに広範囲にわたつて、その販路を占めているので、いまだその商品名を広く市場に知られるに至つていない債権者の製品の販売は著しく困難となつている。そこへ、再び、債務者ピジヨンは別紙目録第一及び第二表示の哺乳瓶を製造して国内に、債務者柳瀬は同目録第三表示の哺乳瓶を製造して海外に、それぞれ販売するに至つたので、債権者は、国の内外にわたつて販路を狭められ、このまま放置すれば、債権者の生活の基礎は重大な脅威にさらされ、甚大な損害を被るおそれがある。

これにひきかえ、債務者等は、前記以外の構造を有する哺乳瓶を特売して大々的に売り出しており、かつ、債務者ピジヨンの製品に附せられているピジヨン印は、その商品名だけで製品が売れるほど市場に知られているのであるから、本件仮処分が許容されることによつて被る損害は僅少である。

(むすび)

五、よつて、債権者は、本件実用新案権にもとずき、債務者ピジヨンに対し、別紙目録第一及び第二表示の哺乳瓶の、債務者柳瀬に対し、同目録第三表示の哺乳瓶の製作販売並びに拡布などの侵害行為の禁止を請求する本案訴訟を東京地方裁判所に提起したが、その本案判決を待つていては、前記のような回復不能の損害を被るおそれがあるので、これを避けるため、本件仮処分申請に及ぶものである。

(債務者等の主張に対する反論)

六、(債務者等の主張二に対して)乳首の下部に形成した円形座板の下面に数個の隆条突起のある哺乳瓶が、本件実用新案の登録出願前において、わが国内において一般に市販あるいは使用されていた事実はなく、現在においても、2HYGEIAという商品名の哺乳瓶が一般に市販されている事実はない。のみならず、本件実用新案と同一又は類似の考案が、たとえ、その登録出願前公知公用のものであつたとしても、右登録が審判により無効とされた事実はなく、右無効審判を請求できる登録後の三年の期間を、何人の無効審判請求をもうけることなく経過した現在では、債務者等は、もはや、本件実用新案権の存否を争うことができないのはもち論、その権利範囲を解釈するについても、その範囲を登録請求の範囲より狭く解釈しなければならない理由とすることができない。

七、(債務者等の主張三に対して)

(一)  債務者等の主張三の事実のうち、同孚貿易株式会社が昭和二十六年四月二十一日、商号をその主張のとおり変更したこと、同会社が債務者ピジヨンと別人格であること及び、本件実用新案が債権者主張のとおり、昭和二十七年七月三十日登録されたことは争わないが、その余の事実は否認する。

(二)  同孚貿易株式会社は、かつて、乳首の円形座板の下面に数個の文字を表示した哺乳瓶を製作していたことはあるが、これは、試作品程度の製作で、数量も少く、実用新案法第七条にいわゆる「実用新案実施の事業」といえるものではなく、したがつて、同会社は、同条にいわゆる「実用新案実施の事業設備を有する者」でもなかつた。

(三)  のみならず、右(二)の哺乳瓶は、債務者ピジヨンが現に製作、販売している別紙目録第一表示の哺乳瓶の構造とは全く別個の構造をもつものである。すなわち、同孚貿易株式会社の哺乳瓶の乳首に表示されている文字は、その円形座板の中央部にあるので、乳首を瓶体の口部端縁に載せても、文字の部分が瓶体の口部端縁に接触することがなく、したがつて、取着輪によつて上から圧着すれば、乳首の下面と瓶体の口部とは密着して空隙を生ずることなく、空気が瓶体内部に導入されることがなく、右の文字は単に製造者名及び品名を表示したものにすぎない。これに反し、別紙目録第一表示の乳首は、前記のように、その文字状突起が、円形座板の中央より外側に設けられ、乳首を瓶体の口部端縁に載せて、上から圧着した場合、文字の突起の先端が、瓶体の口部端縁に接触するため、乳首と瓶体の口部端縁との間に空隙を生じ、空気が、その空隙を通じて瓶体内部に導入できるのである。後者の乳首にある文字状突起は、右のように、哺乳瓶内に空気を導入することを目的とする構造で、乳首の工業的考案として意義のあるものであり、乳首を作る押型も前者と全く異つている。

(三)  債務者等は、同学貿易株式会社と債務者ピジヨンとは、実質的に同一人格であり、後者は、いわゆる第二会社であると主張するが、債務者ピジヨンは、同孚貿易株式会社のすべての権利義務を包括的に承継したものではなく、債務者ピジヨンは、同会社の負担した債務のうち、その一部分を引きうけたにすぎない。

八、(債務者等の主張四に対して)

(一)  債務者等の主張四の事実のうち、債権者が、昭和二十七年五月頃、債務者ピジヨンに対し、当時未登録の本件実用新案の使用と、登録後の右実用新案の実施とを許諾したこと及び、右登録が同年七月三十日にあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  債務者等の主張する実施許諾は、いずれにせよ、債権者が、債務者ピジヨンの代表取締役たる地位を失うことを解除条件とするものであつたところ、債権者は、当初債務者ピジヨンの代表取締役の地位を与えられていたが、昭和三十年八月五日、その地位を追われたので、右条件成就により、右実施許諾契約は消滅したのである。

(三)  仮に右実施許諾契約が解除条件附のものでないとしても、右契約は、期限の定めもなく、しかも、実施料についての約定もない無償の実施許諾契約であつたので、債権者は、昭和三十年十一月十八日、債務者ピジヨンに対して、本件実用新案の実施を禁止する旨を通知し、右契約を解除(解約)したので、右債務者ピジヨンは、この時から、本件実用新案の実施権を失つたものである。

(四)  なお、債務者等は、右契約には、使用収益の目的の定めがあつたと主張するが、このような事実はなく、債務者等が使用収益の目的として主張するものは、民法第五百九十七条にいわゆる「使用収益の目的」に当らない。このことは、もし、同条の「使用収益の目的」に当るものとすれば、実用新案の無償実施許諾契約は常に消滅することがないという不合理な結果を来すところからも明らかである。

九、(債務者等の主張五に対して)

(一)  債務者等の主張五の事実のうち、柳瀬正三郎が債務者柳瀬の代表取締役であること、同人が、債務者等主張の意匠について、その主張の各日時に、意匠登録出願をし、その登録をうけたこと及び債務者等がその主張のとおりの各乳首をそれぞれ製作していることは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  そもそも、意匠権者といえども、本件におけるように、その意匠が、登録出願前の出願にかかる登録実用新案にてい触する場合あるいは、これを利用する場合においては、当該実用新案権者の実施許諾をえなければ、その登録意匠を実施することができないものである。したがつて、債務者等が、その主張の乳首を製作販売することによつて、右登録意匠を実施しているものであつても、債権者から本件実用新案の実施許諾をえていないし、また、その審判もない以上、債務者等の右行為が、本件実用新案権を侵害するものであることに変りがなく、債務者等のこの点に関する主張も理由がない。

十、(債務者等の主張六に対して)債務者等の主張六の事実は知らない。

第二、債務者等の主張

(申立)

債務者等原告代理人は、債権者の申請を却下する旨の判決を求め、その理由として次のとおり述べた。

(理由)

一、債権者の申請理由一から四までの主張事実中

(一) 申請理由一の事実、

(二) 同二の事実のうち、本件実用新案権の登録請求の範囲が、債権者主張のとおりであり、債権者が昭和三十一年三月頃から、その主張の構造を有する哺乳瓶を「マミー哺乳瓶」という商品名で製作、販売していること、

(三) 同三の事実のうち、債務者等が、債権者主張の各日時頃から債権者主張の構造をもつ哺乳瓶をそれぞれ製作販売していることは、いずれも認めるが、その余の事実はすべて争う。

(債務者等の製品は、本件実用新案権にてい触しない。)

二、債務者等がそれぞれ製作販売している別紙目録第一第二及び第三表示の哺乳瓶は、いずれも、本件実用新案の重要部分である構造を具備していないから、債務者等の製品は、本件実用新案権にてい触しない。すなわち

(一) 本件実用新案の構造のうち、「ゴム製乳首の下部に形成した円形座板を、瓶体の口部端縁に載せるとともに、突縁を具えた取着輪を、瓶体の口部外側に設けたねじにねじはめるようにし、更に、右取着輪の突縁によつて、乳首の円形座板を瓶体の口部端縁に圧着して成る哺乳瓶の構造」の部分は、昭和十五年九月二日出願公告第一二三七五号、同年十二月十日登録の実用新案「乳首」の構造、昭和二十五年四月十日出願公告第二七〇〇号「哺乳瓶」の構造、あるいは昭和十三年二月十六日特許庁受入の米国特許第二〇九三一三〇号の図面及び明細書に記載された哺乳瓶の構造と類似しており、かつ、右米国特許にかかる哺乳瓶は、昭和二十三年六月頃、当時の米国駐留軍軍人によつて、わが国内に持ち込まれて一般にも公知となつたものである。したがつて、前記の構造は、本件実用新案の登録出願前すでに公知のもので、新規性がなく、本件実用新案の重要部分となるものではない。

(二) 次に、本件実用新案の構造のうち、右部分を除く部分、すなわち「乳首の円形座板の下面に、数個の隆条突起を設けた構造」の部分も新規性がない。すなわち、右と同様の構造の乳首は、かねて米国において公知であり、それが駐留軍関係の人々によつて、昭和二十三年頃、わが国に持ち込まれ(その一つとして2HYGEIAの商品名をもつ乳首がある。)、本件実用新案の登録出願前わが国において公知であつたからである。

(三) したがつて、本件実用新案には全く新規性がないのであるが、しいて、その新規性を求めるならば、本件実用新案の公報(甲第二号証)の説明書及び添附図面に記載されている構造のうち「ゴム製乳首の下部に形成した円形座板の下面に数個の隆条突起(横断面の断層が、凸字状となり、凸字状の頂部が狭い帯状を呈している突起)を放射状に形成した乳首の構造」のみが、新規性を有するものであり、したがつて、この部分のみが、本件実用新案の重要部分である。

(四) しかるに、別紙目録第一から同第三表示の哺乳瓶には、右のような構造の乳首が存在しない。すなわち、

(い) 別紙目録第一表示の哺乳瓶の乳首は、その下部の円形座板の下面に多数のローマ字を突設するのみであり、

(ろ) 同目録第二表示の乳首は、右部分に、鋸歯状段部(換言すれば、段丘状の突起-債権者は「鋸歯状突起」と称しているが、この表現は適切でない。)と、多数のローマ字を突設したものを有するのみであり、

(は) 同目録第三表示の乳首は、右部分に鋸歯状段部を有するのみで、いずれも、本件実用新案の前記重要部分の構造と異なつている。

(五) しかして、(い)別紙目録第一から第二表示の哺乳瓶は、乳首の円形座板の下面に、前記の突起を有することにより、乳首を瓶体の口縁部に確実に密接させながら、しかも乳首が乳を吸うことによつて生ずる瓶体内部の空気の圧力低下を防止する方法によつて、瓶体内部の乳液の流通を容易ならしめる作用効果を持ち、この点において、本件実用新案にかかる哺乳瓶の作用効果と同一であるにしても、元来、実用新案の類似の判定に当つては、構造の異同のみを標準とすべきであり、実用上の効果の異同を標準とすべきものではない。

(ろ) まして、いわんや、このような効果を生ずる構造をもつ哺乳瓶は、本件実用新案の登録出願前からわが国において公用されていたものである(前示(一)(二)掲記のもののほかにも、乳首そのものに空気を通ずる孔を開けたもの、あるいは、乳首の円形座板と瓶体の口部端縁との間に空気が流通するように小さい間隙を生ぜしめた構造を有する哺乳瓶が、同様の作用効果を持つている。)から、別紙目録第一から第三表示の哺乳瓶と、本件実用新案にかかる哺乳瓶との類否を、その作用効果の異同によつて判定することはできない。

(は) また別紙目録第一及び第二表示の乳首の円形座板にある文字状突起は、哺乳瓶の製作所等を表示できる広告効果を、同目録第二及び第三表示の右部分にある鋸歯状段部は本件実用新案の隆条突起に比して、乳首の摺動の防止と下面の磨耗の減少を図り、あるいは、取着輪をねじはめることによつて、ゴム製乳首の装面に加わる圧力の増大に応じて、右円形座板で瓶体の口縁部との密着の度合が増大する効果をも併せ有するものである。したがつて、作用効果の点においても、別紙目録第一から第三表示の哺乳瓶は、本件実用新案にかかる哺乳瓶と類似するとはいえない。

(六) 以上のとおりであるから、別紙目録第一から第三表示の各哺乳瓶の構造は、本件実用新案にかかる哺乳瓶の構造と同一でないことはもち論、類似するものでもない。

(法定実施権)

三、別紙目録第一及び第二表示の哺乳瓶の構造が、仮に、本件実用新案権にてい触するとすれば、債務者ピジヨンは、本件実用新案について、実用新案法第七条所定の実施権(いわゆる先使用権)を有する。すなわち、

(一)  別紙目録第一表示のように、乳首の円形座板の下面に数個の文字状突起を有する哺乳瓶は、同孚貿易株式会社が、昭和二十四年九月頃から日本国内において製作販売し、本件実用新案の登録出願があつた昭和二十五年十一月二日頃には、現に善意で国内において右哺乳瓶を製作販売して右実用新案実施の事業をし、かつ、そのための事業設備を有していたので、右会社は、本件実用新案が登録された場合において、実用新案法第七条所定の実施権を有すべき権利を持つていた。

その後、同会社は、昭和二十六年四月二十一日、商号をピジヨン哺乳器株式会社と変し、昭和二十七年五月二十八日、同会社と別個の法人格ではあるが、同会社の権利義務一切を承継して設立された実質上同一の会社であり、いわゆる第二会社である債務者ピジヨンに、前記実施権を有すべき権利(実施権は登録後発生するが、当時右実用新案はまだ登録されていなかつた。)を、前記文字状突起を有する乳首をもつ哺乳瓶の製作販売事業とともに、本件実用新案の出願人である債権者の承諾をえて、譲渡したものである。

(二)  しかして、本件実用新案は、昭和二十七年七月三十日登録されたから、債務者ピジヨンは、本件実用新案について、実用新案法第七条所定の実施権を有し、右実施権にもとずいて、別紙目録第一及び第二表示の哺乳瓶を製作販売しているのであるから、その行為は適法であり、何等本件実用新案権を侵害するものではない。

(約定実施権)

四、以上の主張が仮に理由がないとしても、債務者ピジヨンは、次のとおり、約定実施権を有する。

(一)  債権者は、本件実用新案の登録出願のあつた頃、前記同孚貿易株式会社(のちにピジヨン哺乳器株式会社と商号変更)に対し、当時出願中の本件実用新案の使用と、登録後の右実用新案の実施を許諾した。右会社は、右考案にかかる哺乳瓶の製造販売事業を営んでいたが、昭和二十七年五月頃、その事業とともに、債権者の承諾をえて、前記約定による実施権を債務者ピジヨンに譲渡し(同債務者と同孚貿易株式会社との関係は、前記三の主張において述べたとおりである)、同年七月三十日、右実用新案が登録されたので、債務者ピジヨンは、本件実用新案について実施権を有するに至つた。

(二)  仮に、右の事実が認められないとしても、債権者は、昭和二十七年五月頃、債務者ピジヨンに対し、当時未登録の本件実用新案の使用と登録後の右実用新案の実施を許諾したので、右会社はその登録とともに、その実施権を有するに至つた。

(三)  債権者は、前記(一)又は(二)の実施許諾契約には、その主張のような解除条件が附されており、その条件成就によつて、右契約は消滅したと主張するが、事実に反する。

(四)  また、債権者は、右(一)又は(二)の実施許諾契約の解約を主張するけれども、債権者が、その主張の日に、右解約を通知したことは認めるが、右の解約は、次のような理由で無効である。すなわち、

(い) 前記(一)又は(二)の実施許諾契約には、本件実用新案権の存続期間中実施を許諾する旨の期限の定めがあり、右解約は、右の期限内に行われたものである。

(ろ) 仮に、そうでないとしても、債務者ピジヨンは、ピジヨン哺乳器株式会社が他に負つている約七百万円の債務を引き受けており、前記(二)の実施許諾契約においては、債務者ピジヨンが、右債務を完済するまで、実施を許諾する旨の不確定期限があつたが、右債務はまだ完済されていないので、債権者のした前記解約は効力を生じない。

(は) 仮に右契約が期限の定めのないものであつたとしても、右契約においては、実施を許諾された会社が、本件実用新案を実施してピジヨン哺乳器を製作販売する旨の使用収益の目的が約定されていた。しかして、右契約においては、実施料に関する定めがないから、民法の使用貸借に関する規定が準用されるところ、前記解約のあつた当時、債務者ピジヨンは、いまだ、前記約定の目的に従つた使用収益を終えていなかつたので、債権者は、右契約を解除する権利を有しなかつたものである。

(意匠権)

五、債務者柳瀬の代表取締役である柳瀬正三郎は、別紙目録第三表示の哺乳瓶の乳首と同一の形状及び模様の結合について、昭和三十一年一月三十日、その意匠登録を出願し、同年六月二十三日、登録番号第一二〇五〇七号をもつて登録をうけた。

債務者等は、同年六月一日、それぞれ右登録意匠の実施許諾をうけて、その実施権にもとずき、債務者ピジヨンは、右登録意匠と類似する意匠を有する別紙目録第二表示の哺乳瓶の乳首を、同柳瀬は、同目録第三表示の哺乳瓶の乳首を、それぞれ製作し、これを用いて右各哺乳瓶を製作完成して、販売している。したがつて、次に掲げる理由から、債権者は、前記乳首を用いる哺乳瓶が本件実用新案権にてい触するとして、その製作販売などの禁止を請求することはできない。すなわち、

(一)  登録意匠の実施権にもとずいて、製作販売されている物品が、実用新案権とてい触するかどうかを判断する必要のある第一審訴訟事件の事物管轄権は、東京高等裁判所に専属し、地方裁判所には存在しない。したがつて、本件仮処分事件の本案訴訟は、当裁判所にないことになるから、本件仮処分事件も、また、当裁判所の管轄に属しない。

(二)  仮にそうでないとしても、特許庁における「実用新案権利範囲確認審判」の審判によつて、そのてい触の事実が確定されていない本件では、登録意匠の実施権にもとずいて製作販売されている前記物品が、本件実用新案権にてい触するものと判断することはできない。

(三)  仮に以上の主張が理由がないとしても、前記の意匠が登録された事実は、右意匠にかかる乳首が、本件実用新案にかかる哺乳瓶の乳首と類似のものではなく、したがつて、右乳首を用いている別紙目録第二及び第三表示の哺乳瓶の構造が本件実用新案権にてい触するものでないことを示すものである。

(四)  仮に、右主張が理由がないとしても、債務者等は、登録意匠の実施権にもとずいて、右乳首を製作し、これを用いて前記の各哺乳瓶を製作販売しているのであるから、この製作販売行為は適法であり、債権者の本件実用新案権を侵害するものではない。

(出願中の実用新案)

六、別紙目録第二表示の哺乳瓶の構造については、前記柳瀬正三郎が実用新案出願昭和三十一年第二六二九号をもつて実用新案の登録を申請中であり、債務者ピジヨンは、右柳瀬から、その使用許諾をえて前記の哺乳瓶を製作販売しているのであるから、債権者は、本件実用新案権にもとずいて、その製作販売の禁止を求めることはできない。

(権利濫用)

七、仮に、債務者等の以上の主張がすべて理由がないとしても、債権者が本件実用新案権にもとずき、別紙目録第一から第三表示の哺乳瓶並びに乳首の製作、販売、拡布の禁止を求めることは、権利の濫用である。

(本件仮処分の必要がない)

八、債権者が本件仮処分をえられないことによつて被る損害は、極めて少ないのに反して、債務者等が右仮処分の申請がいれられることによつて被る損害は、回復しがたいものである。したがつて、債権者の本件仮処分には、その必要性がない。すなわち、

(一)  債権者が本件実用新案権にもとずいて製造している「マミー哺乳瓶」は、株式会社マミー哺乳器本舗より販売されているが、同会社は、債務者ピジヨンよりはその規模が数等大きく、近時大々的に特別売出を行つて、その売行は極めて好調である。現在日本において哺乳瓶を製造し、あるいは販売している会社は、内外商社合計約三十社にのぼり、これらの会社が日本国内において販売する総量は、一ケ月約二十万本である。このうち、債務者ピジヨンの販売数量は、一ケ月約一万本であり、このうち別紙目録第一及び第二表示の哺乳瓶の販売数量は、合計一ケ月約八千本(売上金額約八十万円、利益約三十万円)である。したがつて、仮に同債務者に対し右哺乳瓶の製造販売を禁止してみたところで、その販路がそのまま前記マミー哺乳瓶の販路となるわけではない。各社の製品は、その品質、容量、価格などの点ですべて異り、各社は、それぞれ違つた販売層を持つているのが現状である。マミー哺乳瓶とピジヨン哺乳瓶では販売層が異なるのであるから、この点からしても、製造販売を禁止された哺乳瓶の販売量が、そのまま、債権者の「マミー哺乳瓶」の販売量の増加となつて表われるものではない。

(二)  しかして、実用新案権が侵害されることによつて権利者の被る精神的損害は、一般的には大きいものであるかも知れないが、本件の実用新案は、出願当時公知に属するアメリカ製品(たとえば、前記2HYGEIAの商品名をもつ乳首)のまねにすぎないから、右権利の侵害があつたとしても、債権者には仮処分によつてその発生を予防しておかなければならないほど大きな精神的損害がある筈はない。

(三)  これに対し、債務者ピジヨンが本件仮処分によつて哺乳瓶の製造販売を禁止されるとすれば、現在月産約二千本にすぎない新製品の製造販売によつて、経営を続けていくほかないが、新製品の型を製作するには約一ケ月の期間と約七十万円の費用を要し、かつ、その一ケ月間は事実上休業するため、販路を失い、あるいは倒産のやむなきに至ることも予想される。債務者ピジヨンは、現在従業員五名(うち三名は学生)の小企業で、彼等はいずれも、同債務者の支給する賃金によつてのみ一家の生活を支え、あるいは勉学しているものであるし、同債務者と取引のあるガラス会社、キヤツプ製造会社などの数社も、いずれも経済力の弱い会社である。したがつて、債務者ピジヨンの倒産は、その従業員や取引会社にも、いずれも甚大な損害を与えることになる。更に哺乳瓶というものは、甲社の瓶体に乙社の乳首が使用できるものではないから、本件仮処分によつて製造販売が禁止されるのが乳首だけであるとしてもすでに販売した瓶体は役に立たなくなり、販売先の小売店、問屋から返品をうけ、その本数は百万本を超えることが予想されるし、返品をうけた分については、債務者等において、それぞれその代金を返還しなければならないから、これによつて、債務者等の被る損害も莫大である。このような事情であるから、債権者の、本件仮処分はその必要性がない。

(仮処分執行解放金額を定めること)

九、以上のとおりであるから、債権者の本件仮処分申請は理由がないこと明らかであるが、仮に、右仮処分が発せられるものとすれば、本件仮処分によつて債務者等の被る損害は、債権者の本件仮処分によつて防止できる損害に比して余りにも大きいから、民事訴訟法第七百五十九条にいわゆる特別事情に該当するものというべく、したがつて、同法第七百四十三条を準用して、仮処分執行の免脱を得べき保証金(仮処分執行解放金額)を定めることを申し立てる。

第三、疎明関係〈省略〉

理由

(管轄権の有無について)

一、債務者等は、登録意匠の実施権にもとずいて製作販売されている物品が実用新案権とてい触するかどうかを判断する必要のある第一審訴訟事件の事物管轄権は、東京高等裁判所に専属し、地方裁先所にはなく、したがつて、右のような第一審訴訟を本案訴訟とする本件仮処分事件の管轄権もまた当裁判所にない旨主張する。(債務者等の主張の項五(一)の主張)

しかしながら、本件仮処分事件の本案訴訟が、実用新案権にもとずき侵害行為の禁止を請求する訴訟であり、実用新案法第二十六条、意匠法第二十五条によつて準用される特許法第百二十八条の二所定の訴訟でないことは債権者の主張自体から明白であり、他に、前記本案訴訟の第一審管轄権が地方裁判所以外の裁判所に専属する旨を定めた法令はないのであるから、裁判所法第二十四条の定めるところにしたがい、地方裁判所が右本案訴訟について事物管轄権を有すること明らかであり、債務者等の右主張は、結局、独自の見解にすぎず、当裁判所の採用しがたいところである。

職権をもつて審査するも、東京地方裁判所が本件仮処分事件について管轄権を有することが明白であり、これを否定すべき何らの理由も見出し得ない。

(当事者間に争のない事実)

二、(一)、債権者が、その主張の日に、本件実用新案の登録を出願し、その主張の各日時に、その出願公告及びその主張の番号、名称による登録を受けて右実用新案の登録権利者となつたこと、

(二)、右実用新案の登録請求の範囲が、債権者主張のとおりであること、

(三)、債務者等が、債権者主張の各日時頃から、それぞれ債権者の主張するとおりの構造をもつ哺乳瓶(乳首を含む、以下同じ。)を製作販売していることは、いずれも当事者間に争がない、

(構造が類似するかどうかについて)

三、(一)、前掲当事者間に争のない事実からすれば、本件実用新案の登録請求の範囲に示された哺乳瓶の構造と債務者等の製作販売する別紙目録第一から第三表示の哺乳瓶の構造との相違は、乳首の下部に形成した円形座板の下面にある突起の形態にのみ存し、その他の点については、両者間に見るべき差異のないことが推認される。すなわち、本件実用新案のそれは、数個の「隆条突起」と呼ばれる突起であるのに対し、別紙目録第一表示の哺乳瓶のそれは「数個の文字状突起」であり、同第二表示の哺乳瓶のそれは「数個の鋸歯状突起(債務者等は、その突起の形状を鋸歯状段部あるいは段丘状突起と称するが、これが、単なる用語上の差異にすぎず、その語をもつて表現しようとする実体において何ら相違するものでないことは、弁論の全趣旨から明らかである。)と、その内側に存する文字状突起」であり、同第三表示の哺乳瓶のそれは「数個の鋸歯状突起」である。もつとも、本件実用新案の登録請求の範囲に表示された「隆条突起」という文言が、何を意味するかは、その文言の字義的解釈からは必ずしも明瞭といいがたいけれど、成立に争のない甲第二号証によれば、本件実用新案の図面及び説明書においては、右の隆条突起は、「横断面の断層が凸字状であり、凸字状の頂部が狭い幅をもつた直線的な帯状を呈する突起」を指称するものであると認められるから、右突起の外形的形態が、別紙目録第一から第三表示の各哺乳瓶の乳首にある突起のいずれの外形的形状とも異なることはいうまでもなく、「隆条突起」を右のように解する限り、「文字状突起」や「鋸歯状突起」が、「隆条突起」の一種であるとはいいがたい。右と見解を異にする甲第五号証の二の記載部分は、採用できない。

(二)、しかし、右突起の外形的形状が、相違するということだけで、債務者等の製作販売する前記各哺乳瓶の構造が、本件実用新案にかかる哺乳瓶の構造に類似しないものとはいえない。何故ならば、右の相違が、本件実用新案の構造上、重要でない部分に関する軽微な相違に過ぎないものとすれば、前記の各哺乳瓶の構造は、前段説示のとおり他の点において、本件実用新案のそれと同一であるから、前者の構造は、後者のそれに類似するものといわなければならないからである。

よつて、前記の突起の外形的形状の差異が、本件実用新案の構造からみて、どのような程度の差異であり、また、したがつて、どのような重要性をもつものであるかについて考察するに、成立に争のない甲第二号証、証人和久井宗次の証言によつてその成立を認め得る甲第五号証の一、二、証人市川一男の証言によつてその成立を認め得る甲第五号証の三、並びに右両証人の証言を綜合すれば、

(い)  元来、哺乳瓶においては、赤児が瓶内の乳液を吸飲するにつれて、瓶内の空気の圧力が低下するので、その圧力低下を防止する方法を考慮しなければ、乳液の流出が円滑に行かないのであるが、本件実用新案出願前一般に知られていた哺乳瓶においては、乳首に空気を通ずる孔又は弁を設けることによつて、瓶内の圧力低下を防止していたところ、(このような構造を有する哺乳瓶が本件実用新案出願前公知であつたことは、本件実用新案の図面及び説明書に記載されているところである。)本件実用新案においては、乳首の円形座板の下面に隆条突起を設けることによつて、取着輪を瓶体の口部にねじはめた場合にも、円形座板と瓶体の口部端縁との間に空隙を生ぜしめ、その空隙から空気が瓶内に流入することによつて、瓶内の右圧力低下を防止することを図つたものであり、この構造によるときは、前記公知の哺乳瓶の場合と異なり、取着輪のねじ込みの程度によつて空隙の大きさが相違するという作用を利用して、その調節によつて赤児の吸飲力に相応するように空隙の広さを選ぶことができるという効果と、乳首そのものの構造を簡易化し、あるいは、乳液の漏出及び乳粕の滞溜というような不衛生を容易に防止できる効果とを生ずべく、この点に本件実用新案の新規性の一つがあると認められること。

(ろ)  乳首の円形座板の下面に隆条突起の存在することは、本件実用新案において、円形座板と瓶体の口部端縁との間に空隙を生ぜしめる突起を形成する(このような突起であれば、前記の作用効果は当然生じてくる。)という意味合においてのみ重要な構造であり、右突起の形態が「隆条」であることは、右作用効果を生ずるために必ずしも必要な事柄ではなく、したがつて、本件実用新案の新規性を肯定するに当り欠くべからざるものとはいいがたいこと。

(は)  取着輪を瓶体の口部にねじはめた場合に、円形座板と瓶体の口部端縁との間に空隙を生ぜしめるような突起の存在する乳首の構造が、本件実用新案における一つの重要な構造であること。

(に)  別紙目録第一表示の哺乳瓶の乳首にある「文字状突起」あるいは、同目録第二及び第三表示のそれに存在する「鋸歯状突起」(同目録第二表示の哺乳瓶の乳首にある「文字状突起」を除く。)は、いずれも、取着輪を瓶体の口部にねじはめた場合に、円形座板と瓶体の口部端縁との間に空隙を生ぜしめ、前記(い)掲記の作用効果をもつ点において、本件実用新案における「隆条突起」と同一の作用効果を有し、かつ、乳首の摺動の防止、その下面の磨耗の程度、あるいは円形座板と瓶体の口部端縁との接着の程度などをはじめ、その他の作用効果においても、右の「隆条突起」と異なるものとして特に挙示すべきものを見出し得ないこと。

(ほ)  別紙目録第二表示の哺乳瓶の乳首にある「文字状突起」は、その乳首にある「鋸歯状突起」のもつ前記の作用効果を少しも減殺するものでなく、別紙目録第一表示の哺乳瓶の乳首にある「文字状突起」とともに、製作所名を表示することによつて、広告効果はあるにしても、この効果は、哺乳瓶の本来の機能からみて、副次的なものにすぎないし、他に取り立てて挙げるような作用効果をもたらすものではないこと。

(へ)  前記の「文字状突起」は、その横断面が、いずれも凸字状で、その頂部が帯状を呈している点において、また、前記の「鋸歯状突起」は、その頂部が直線状で、これを瓶体の口部端縁に圧着した場合に、突起の頂部に狭い幅を有する直線的な帯状の部分が現出する点において、それぞれ「隆条突起」と類似し、したがつて前記の「文字状突起」あるいは「鋸歯状突起」と右「隆条突起」との外形的形状も、はなはだしい相違を示すものでなく、専門的知識を有する者であれば、右「隆条突起」から、前記の「文字状突起」あるいは、「鋸歯状突起」を容易に着想できるものであること

が一応認められ、これに反する乙第一号証の一、二、四、五、同第二号証の一、三、同第二十七号証、同第二十八号証、同第二十九号証の一、二の各記載部分、並びに証人小島守、園部祐夫、吉見義昭の各証言部分は、たやすく信用できないし、他に右の一応の認定を覆えすに足りる疏明はない。

しからば、前記突起の外形的形状の相違は、本件実用新案の構造上、その要部に関するものとはいえず、また、その相違の程度も軽微のものであると見るを相当とするところ、その他の点について、別紙目録第一から第三表示の各哺乳瓶の構造が、本件実用新案にかかる哺乳瓶の構造と同一であること前段説示のとおりであるから、前者の各構造は、後者のそれに類似するものといわざるをえない。なお、特許庁審査官の作成部分につき、その方式及び趣旨より当裁判所が真正に成立したと認め、その他の部分につき証人和久井宗次の証言によつて真正に成立したものと認める甲第五号証の四も、右の判断を支持する資料となし得るであろう。

(三)、債務者等は、「本件実用新案の登録出願前、その構造の大部分が、すでに、わが国内において公知公用であり、このように公知公用に属する構造には、新規性が認められないから、本件実用新案の構造の要部となりうるものでなく、右考案の構造のうち公知公用に属する部分を除いた部分のみが、本件実用新案の要部であり、このような考察のもとにおいては、債務者等の製作販売する前記各哺乳瓶の構造は、本件実用新案にかかる哺乳瓶の構造の要部を欠き、したがつて、それと同一又は類似のものとはいえない」旨主張する(債務者等の主張の項二(一)から(四)の主張)ので、この点について、当裁判所の見解を明らかにする。

実用新案が登録によつて、独占的、排他的な権利を与えられる理由は、その考案の表現としての型の新規性を保護するにあることはいうまでもなく、もし、出願人が、新規性を有すると考えたものが、従前公知公用であつたとすれば、その出願は新規性を欠くものとして、少くとも、登録査定の段階において拒絶さるべきものであるし、誤つて、登録されたとすれば、その故をもつて登録を無効とする審決又は裁判の確定により、その権利を否定することができるものであるが、(部分的に公知公用のものを含んでいるとすれば、その登録までは、実用新案法第二十六条によつて準用される特許法第七十五条第五項、実用新案法施行規則第七条によつて準用される特許法施行規則第十一条、第十二条によつて、図面及び説明書の記載の訂正を命じ、その権利範囲を明確にすることができる。)一旦、登録を経て権利を与えられた以上は、図面及び説明書の記載に従い客観的な権利範囲が確定されるものであり、そこに新規性が認められないからといつて、その登録を無効とする審決あるいは、裁判の確定前、その権利を全面的に否定し、または、その権利範囲のうち、あるものが、新規性を有しないことが登録後に発見されたからといつて、その権利範囲に消長を来すべきものではないといわなければならない。(図面又は説明書の記載の訂正は、登録後においては、その許可の審判を経てはじめて可能であり、その他、実用新案法第十四条、第十五条の規定も、叙上の見解を前提としてはじめて理解できるところであろう。)もし、登録によつて、一定の範囲に確定された権利範囲のうち、その一部について、登録後その出願前から公知であることが明らかになつたことの故に、他の部分についてのみ、その権利範囲が認められるべきであるとするならば、実用新案の権利範囲は、常に浮動の状態におかれることになるのみならず(この場合、公知公用の部分について、要部でないと解することによつて利益をうけるのは、むしろ、実用新案権者である。すなわち、実用新案の要部と考えられる部分が多ければ多いほど、これと類似する他の型は少くなるべきものであるからである。たとえば、要部として、甲、乙の二つの部分があるならば、甲部分のみ、あるいは乙部分のみしか有しないものをもつて、直ちに右実用新案の権利範囲に属するものとは認めがたいからである。)、登録実用新案の全体について公知であつた場合には、権利範囲のない実用新案権という奇妙な権利を認めざるをえないであろうし、この場合、その実用新案権は無効審判を経ることなく否定されたと同様の結果を生ずることとなり、一定の提訴期間を定めている無効審判の制度を根本から破壊することになるであろう。

もつとも、図面及び説明書の記載に従い、当該実用新案における新規性の所在を考察するに当つて、公知公用の型を参考とすることは許されるにしても、前叙のとおり、権利範囲の確定は、図面及び説明書の記載を中心とすべきものであるから(そうでないと、客観性が保たれない。)、この場合において、公知公用の型が考慮に入れられるのは、図面及び説明書に表示されたところを理解するための補助的な資料として用いられるにすぎず、図面や明細書が何ら触れるところでない公知公用の型のごときは、当該実用新案権の権利範囲を論ずるに当り、考慮に入れるべきものではないと解すべきである。

しかして、前記甲第二号証によれば、債務者等が、本件実用新案登録出願前、わが国内において、公知公用であつたとして挙示する哺乳瓶及び乳首(債務者等の主張の項二(一)、(二)掲記のもの)及び同孚貿易株式会社が昭和二十四年九月頃から製作販売していた旨債務者等において主張する乳首(同三(一)掲記のもの)は、すべて、本件実用新案の図面及び説明書において何ら触れていないことが明らかである。したがつて、前記哺乳瓶及び乳首は本件実用新案の権利範囲(要部)を判断するに当り、その登録出願前国内において公知公用であつたかどうかを判断するまでもなく、考慮の要をみないし、したがつて、また、その公知公用であることを前提として、債務者等の製作販売する前記各哺乳瓶の構造が、本件実用新案のそれと同一又は類似でないとする債務者等の見解も、採用の限りでない。

(四)、債務者等は、実用新案の同一性(構造が同一又は類似であるかどうか)を判定するに当つては、構造上の差異があるかどうかによつて決すべきであり、作用効果が同一であるかどうかは問うところでない旨主張する(債務者等の主張の項二(五)(い)、(ろ)の主張)けれども、実用新案権は、考案の表現としての型を保護するため、賦与される権利であるから、型の類否を判定するに当つて、考案の内容を構成する作用効果だけを中心に考えることは正しいことではないが、と同時に、これを全く除外して考えることは適当ではなく、常に構造及び作用効果の全体にわたる綜合的な考察を必要とするものといわなければならない。まして、本件においては、前記のとおり、構造上の差異が甚だしい相違を示すものでないから、作用効果の同一であるかどうかを考察することは、型の類否を判定するための必須の要件といわなければならない。もつとも、当該実用新案の図面及び説明書の記載にかかる作用効果が、その記載自体から何ら新規性をもつものでない場合においては、当該作用効果の同一性は、型の類否、考案の同一性を判定するに当つて重視すべきでないといいうるかも知れないが、図面及び説明書が何ら触れるところのない公知公用の物品のもつ作用効果のごときは、前記の判定に際して考慮の要をみないと解すべきであり(その理由は前項(三)掲記と同様である。)、本件実用新案にかかる哺乳瓶においては、図面及び明細書に公知公用として記載された哺乳瓶のもつ作用効果のほかに、新規な作用効果を併せ有すること前段説示のとおりであるから、別紙目録第一から第三表示の哺乳瓶の構造が本件実用新案権にてい触するかどうかを判定するに当つて、作用効果の異同を軽視することはできないといわざるを得ない。よつて、この点に関する債務者等の前掲主張も、疏明の有無を判断するまでもなく理由がない。

(五)、次に債務者等は、「文字状突起」あるいは「鋸歯状突起」が「隆条突起」の有しない種々の作用効果を有する旨主張する(債務者等の主張の項二(五)(は)の主張)が、右の主張が理由のないことは、すでに前段説示のとおりである。

(債務者ピジヨンが法定実施権を有するかどうかについて)

四、証人吉田秀雄の証言により、その成立を認め得る乙第十五号証の一、証人落合敏男の証言により、その成立を認め得る同号証の二並びに右両証人の証言並びに債権者及び債務者ピジヨンの代表者各本人尋問の結果を綜合すれば同孚貿易株式会社は、昭和二十四年九月頃から、日本国内において、乳首の円形座板の下面に文字状突起を有する哺乳瓶を製作販売し、本件実用新案の登録出願があつた昭和二十五年十一月二日頃には、日本国内において、右哺乳瓶の製作販売事業を営み、かつ、その事業設備を有していたことが、一応、認められるけれども、成立に争のない乙第十四号証、同第二十四号証、証人恩田千頴の証言並びに債権者本人尋問の結果を綜合すれば、

(一)、右実用新案の登録出願のあつた当時、債権者は、同孚貿易株式会社の常務取締役として、同会社の経営に参与し、しかも、同会社の代表取締役林熊光において、昭和二十六年二月頃、右出願中の実用新案を右会社の債務弁済の担保として他に差し入れており、右林熊光は、右出願当時、本件実用新案の登録出願の事実を知つていたものと推認されること、

(二)、同孚貿易株式会社が製作販売していた前記乳首は、「文字状突起」が円形座板の中央部寄りに形成されていて瓶体の口部端縁に右円形座板を載せた場合に、その突起の頂部が瓶体の口部端縁に接着しないため、取着輪を瓶体の口部にねじはめて、円形座板の下面が瓶体の口部端縁に圧着された場合には、その間に空隙を生ずることなく、また「隆条突起」の有する前記認定の、取着輪のねじ込みの程度によつて、右空隙の大きさが相違するという作用を営まないので、右乳首を有する哺乳瓶の考案が、本件実用新案と同一性を有しないものであること、

が一応、認められ、右一応の認定に反する乙第二十七号証、同第二十八号証、同第二十九号証の一、二の記載部分証人落合敏男、債務者ピジヨンの代表者本人の各供述部分は、にわかに信用できないし、他に右認定を覆すに足りる疏明はなく、右事実によれば、前記乳首を有する哺乳瓶の製作販売事業並びにその事業設備は、本件実用新案実施の事業あるいは、事業設備とは見えないし、また、同孚貿易株式会社が、本件実用新案登録出願当時、その出願の事実につき善意であつたとも認めがたいから、債務者等のこの点に関する主張は理由がないというほかはない。

(債務者ピジヨンの約定実施権及び実施許諾契約が消滅したかどうかについて)

五、(一) 債権者本人尋問の結果により、その成立を認め得る甲第七号証、成立に争のない乙第十四号証、同第二十三号証、同第二十四号証、同第二十六号証及び証人恩田千頴、吉田秀雄、堀越寿郎の各証言並びに債権者、債務者ピジヨンの代表者各本人尋問の結果を綜合すれば、

(い)  同孚貿易株式会社は、債権者を含む中国人(台湾人)数名を取締役とする会社で、本件実用新案の登録出願後間もなく、債権者から出願中の右実用新案の使用許諾をえて、右考案にかかる哺乳瓶の製作販売事業を営んでいたこと。

(ろ)  右会社は、昭和二十六年のはじめ頃、多額の債務を負担して経営が思わしくなくなつたので、これを挽回するため、かねて、同会社に金融をしていた堀越寿郎が中心となつて資金を投じ、同会社の経営に参加することになり、債権者は、同会社において実施中の右実用新案(当時出願中)を右堀越の経営参加後も実施させることを約したこと。

(は)  昭和二十六年四月二十六日、右会社のため新らたに資金を投じた人々のうちから、右堀越、仲田祐一、米倉近の三名が、また同会社の従前の経営者のうちから、債権者ほか一名が、それぞれ右会社の取締役となり、このうち、右堀越が代表取締役に就任して、右会社の経営の全権を実質上掌握し、商号をピジヨン哺乳器株式会社と変更し、同会社は、間もなく、債権者との間に、本件実用新案(当時出願中)、はその登録後、債権者と右会社との共有とし、それまでの間、債権者がその使用を右会社に許諾する旨の契約を締結し、右考案にかかる哺乳瓶の製作販売事業を継続して来たこと。

(に)  しかし、右会社の再建は、思いのほか、はかばかしくなかつたので、右堀越は、新たらに資金を投ずることを拒み、かつ、右会社の経営から手を引くことを考えるようになつたので、前記役員等は協議の末、別会社の設立によつて経営上の苦境を切り抜け、右事業を継続していくこととなつたが、別会社において前記事業を継続して行くに当つては、債権者の有する本件実用新案(当時公告中)を実施しなければならない一方、前記堀越及び米倉等の脱落によつて、新らたに会社に加つた者の勢力が弱まつた事情があつたため、同孚貿易株式会社の商号を用いていた時期の契約を含めて、ピジヨン哺乳器株式会社の有する本件実用新案に関する使用許諾契約あるいは共有契約上の地位を設立後の別会社に譲渡することなしに、新らたに、債権者を設立後の別会社の代表取締役に就任させる代りに、債権者において、右会社に対し、期限及び実施料を定めることなく、本件実用新案の使用を許諾し、かつ、登録後の実施を許諾したこと(右のような実施許諾並びに使用許諾契約があつたことは当事者間に争がない。)、

(ほ)  昭和二十七年五月二十八日、債権者は、仲田祐一とともに、代表取締役となつて、前記の別会社である債務者ピジヨンが設立されたが、同会社は、前記ピジヨン哺乳器株式会社と必らずしも実質的に同一の会社といいえないこと。

(へ)  本件実用新案の右使用許諾及び実施許諾契約締結に際しては、債権者が債務者ピジヨンの代表取締役たる地位を追われることは予想されない事柄であつたこと、したがつて、右契約は債権者が主張するように、債権者が代表取締役たる地位を喪失することを解除条件とするものであつたとはいいがたいこと

が一応、認められ、右一応の認定に反する証人恩田千頴、堀越寿郎、債権者、債務者ピジヨンの代表者各本人の各供述部分はいずれも、にわかに信用できないし、他に右認定を覆すに足りる疏明はない。

(二) しかして、本件実用新案は、昭和二十七年七月三十日登録されたことは、前記のとおり当事者間に争がないので、債務者ピジヨンは、本件実用新案権を無償で実施する権利を取得するに至つたものではあるが、その後、債権者は、昭和三十年十一月十八日、債務者ピジヨンに対して、本件実用新案の実施を禁止する旨を通知して前記無償実施許諾契約を解約したことは当事者間に争なく右契約に、債務者等の主張するような期限の定めや、民法第五百九十七条にいわゆる使用収益の目的の定めがあつたものとは、本件に提出援用されたすべての疏明をもつてしても認めがたく、(この点についての債務者ピジヨンの代表者本人尋問の結果は、たやすく信用できない。また債務者ピジヨンが本件実用新案を実施してピジヨン哺乳器を製作販売することは、契約の内容そのものであり、このような内容をもつ契約があつたところで、これをもつて、右契約の解除権の発生を妨げるような「使用収益の目的」とすることはできないことは、いうまでもあるまい。)前記解約は、債権者本人尋問の結果によつて認められるとおり、債権者が債務者ピジヨンの代表取締役たる地位を追われたことに起因するものであるから、債権者の右解約は有効なものといわなければならず、したがつて、債務者ピジヨンの有していた前記約定実施権は、右解約によつて、消滅したものといわざるを得ない。

(登録意匠の実施権の主張について)

六、(一) 債務者柳瀬の代表取締役である柳瀬正三郎が、債務者等主張のとおりの意匠について、その主張の各日時に意匠登録を出願し、その登録をうけたこと及び債務者等が、その主張のとおりの各哺乳瓶をそれぞれ製作販売していることは、いずれも当事者間に争がなく、債務者等が昭和三十一年六月頃、それぞれ右柳瀬から右登録意匠の実施許諾をえたことは、債務者ピジヨンの代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によつて認められる。

(二) しかしながら、ある考案が、一面、新規の型に表現された工業的考案であるとともに、他面、新規の意匠の工業的考案であるとすれば、一方において実用新案権が、他方において意匠権が、それぞれ成立することは当然であり、当該考案について、実用新案権または意匠権のいずれかが成立したということから、他の権利が成立し得ないという性質のものではなく、したがつて、債務者等主張の考案について、意匠権が成立した一事をもつて、この考案が、実用新案権にてい触するという判断ができないものではないし、また当裁判所がこのような判断をする前提として、特許庁における「実用新案権利範囲確認審判」の審決によつて、そのてい触の事実が確定されていなければならないというようなことは、まさに取るに値しない議論であるのみならず、前記のような意匠権のあることは、別紙目録第一及び第二表示の各哺乳瓶の構造の考案が、本件実用新案権にてい触しないことを示す資料ともなし得ないことは、いうまでもない。

(三) しかして、本件実用新案の登録出願の日が昭和二十五年十二月二日であること及び前記意匠の登録出願の日が昭和三十一年一月三十日であることは、それぞれ前段説示のとおりであり、本件実用新案権は、右意匠登録出願の日以前の出願にかかるものであるのみならず、前に判断したように、別紙目録第二及び第三表示の各哺乳瓶の構造は、本件実用新案権にてい触し、かつ、債務者等は、右実用新案権の実施権を有するものでなく、また、柳瀬正三郎がその実施許諾をえているとの疏明もないのであるから、仮に債務者等が、その主張のとおり前記登録意匠の実施権にもとずいて、右哺乳瓶の乳首を製作しているとしても、右乳首を用いて前記哺乳瓶を製作完成し、かつ販売する行為が違法であることに変りがなく、したがつて、右行為が、本件実用新案権を侵害しないものということはできない。

(出願中の実用新案の主張について)

七、柳瀬正三郎が債務者等主張のとおりの実用新案の登録出願を申請中であり、債務者ピジヨンが右柳瀬からその使用許諾を得て債務者等主張のとおりの哺乳瓶を製作販売しているとしても、右哺乳瓶が本件実用新案権にてい触するものであること前段説示のとおりである以上、これをもつて、債権者が、本件実用新案権の侵害を理由に、その製作販売などの禁止を求めることを排除し得ないことは、多くの説明を要しないところであろう。

(権利濫用の主張について)

八、債務者等が、いかなる具体的事実をもつて、本件仮処分の申請が権利の濫用であると主張するのが必ずしも明らかでないが、当事者双方の提出、援用するすべての疏明をもつてしても、債権者が、本件実用新案権にもとずき、債務者等に対し別紙目録第一から第三表示の哺乳瓶の製作販売拡布などの禁止を求めることにつき、権利の濫用があるとするに足りる事実を認めることはできない。

(保全の必要性について)

九、証人恩田千頴の証言によりその成立を認め得る甲第四号証、債権者、本人尋問の結果によりその成立を認め得る甲第六号証の二、右証人の証言並に債権者及び債務者ピジヨンの代表者各本人尋問の結果を綜合すれば、

(一)  債権者は、昭和三十一年三月頃から、本件実用新案にかかる哺乳瓶を、「マミー哺乳瓶」という商品名で製作販売し(このことは当事者間に争がない。)その売上総額は、月額百万円程度であり、これを唯一の職業として生活していること、

(二)  わが国において、本件実用新案にかかる哺乳瓶を製作販売しているのは、債権者及び債務者等のみであり、債務者等は、いずれも債権者が右哺乳瓶の製作販売を開始する以前から、本件実用新案にかかる哺乳瓶を製作販売しており、すでに相当の販路を占めているところ、債務者ピジヨンは、別紙目録第一及び第二表示の哺乳瓶を売上総額月額百五十万円程度、債務者柳瀬は別紙目録第三表示の哺乳瓶を同じく金百九十万円程度、それぞれ製作販売しているため、債権者は、前記哺乳瓶の販路を著るしくせばめられ、その製作販売につき支障を来し、債務者ピジヨンの右製作販売行為によつて、月額七十五万円程度、債務者柳瀬の右行為によつて、月額三十五万円程度にのぼる得べかりし利益を喪失していること、

(三)  債権者は、債務者等の前記行為によつて、債権者の考案にかかる本件実用新案権を侵害され、これによる精神的苦痛も少なからざるものがあること

が、推認され、これに反する債務者ピジヨンの代表者本人の供述部分は、にわかに信用できないし、他にこれを覆えすに足りる明確な疏明はない。したがつて、債権者は、本案判決をまつては、回復しがたい損害を被るおそれがあるものということができる。もつとも債務者ピジヨンの代表者本人尋問の結果によれば、債務者等も、前記各哺乳瓶の製作販売などを禁じられれば、相当の打撃をうけることが推認できるけれども、右証拠によれば、債務者等が、本件実用新案権にてい触しない哺乳瓶を製作販売することによつて、なお、営業を存続することも必ずしもできないわけではないことが推認されるし、債務者等の被る損害も、前記債権者の被る損害を超えるものとも認められず、これらの損害は、ひつきよう、債務者等において、債権者の権利を侵害していることが認められる以上、忍受しなければならない程度のものといわざるを得ない。

十、(むすび)以上説示した事実関係のもとにおいては、債務者ピジヨンは、別紙目録第一及び第二表示の各哺乳瓶を、債務者柳瀬は、別紙目録第三表示の哺乳瓶を、それぞれ製作販売することによつて、債権者の本件実用新案権を侵害しているものといえるから、債権者は、その侵害を排除する請求権を有するものであり、その権利を保全しその被る著しい損害を避けるため、必要な措置として、債権者において、債務者等のため、それぞれ金百万円ずつの保証を立てることを条件として主文第一、二項掲記の仮処分を命ずることとする。(債務者等の占有を解いて執行吏の保管に附すべき物品を乳首に限定したのは、本件実用新案においては乳首の構造がその一つの要部であることが前記認定のとおりであり、弁論の全趣旨から窺われるように、右乳首を除いた哺乳瓶の瓶体あるいは取着輪は、債務者等が、これらを利用して、本件実用新案権にてい触しない構造による哺乳瓶を製作、販売することも可能であるとの考慮にもとずくものである。)

なお、債務者等は、本件仮処分によつて債務者等の被る損害が、債権者の本件仮処分によつて防止できる損害に比して著しく大きいことを理由として、仮処分執行の免脱を得べき保証金を定めるべきことを求めているけれども債務者等の被る損害が、その主張のように著しく大きいことについて、十分な疏明がないこと前段説示のとおりであるから、債務者等の右の申立は、すでに、この点において理由がないものといわざるを得ない。

よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 岡成人 柳川俊一)

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